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 第2回 ストレスとの向き合い方

 ストレスは精神科医にとっても捉えどころのない概念です。私は、現代生活のストレスに悩まされているアメリカ人と日本国籍を有する患者さんを治療する機会に恵まれてきました。患者さん本人がストレスとの関係を考える手助けをすることの重要性を、今日までの臨床経験を通じて学んできました。なぜなら、現在社会において、ストレスは避けられないものであるからです。診断可能な精神疾患があるかどうかにかかわらず、ほとんどの人は人生で少なくともある程度の期間、ストレスを感じる経験をします。

ストレスとは正確には何を意味するのでしょうか?

 私達は社会として「ストレス」についてよく議論しますが、ストレスとそれが私達に及ぼす影響についての理解は、細胞構造や細菌病原体などの生物学における具体的・実体的な主題に関する科学的知識と比較すると、幾分限定的です。その背後にある理由の 一つは、科学的研究でストレスを定量化することの困難さにあります。特に、ストレスを経験、処理、対処する方法は人によって異なります。

ハ 英語のストレスという言葉は「緊張」または「緊張力」を意味し、エンジニアにはよく知られている概念です。輪ゴムの働きを一例として考えてみましょう。輪ゴムの素材を物理的に引き伸ばして「緊張」させると、輪ゴムはその緊張に対応するために物理的に変形します。ある一定の緊張度合で解放されると、輪ゴムは元の形に戻ります。緊張力が許容限度を超えたり、長期間にわたって加えられると、輪ゴムは「摩耗」効果により、永久に変形したり、破損したりすることがあります。

ストレスは良いものか悪いものか?

 この「輪ゴム」を使ったストレスの概念は、非常に単純化されていますが、人間が経験するストレスにも外挿することができます。私たちは、夫婦間の問題や家族の病気など、人生で起こるネガティブな出来事を、人生に「緊張」を引き起こすものとして捉えます。極限的重篤性又はトラウマ性のストレスは、人を精神的または身体的に壊すこともあります。しかし、深刻ではない短期間のストレスには、多くの人が耐えうることが出来ます。私がクリニックで患者さんを診る時、ストレスはしばしば日々の生活での困難さや逆境として表現されます。ストレスに慢性的に晒される状態は、身体にとって有害であり、パニック、打ちのめされたような感情や不安を覚えたり、気分が落ち込むといった心理的症状を引き起こします。

 しかし、ストレスが常に悪いわけではない点にも留意することが重要です。軽度から中程度のストレスは刺激となり、多くの人々の健康的な集中力を促進します。ストレスが少なすぎると、退屈、不満、憂鬱を感じ始める人もいます。その場合は、刺激的で成長したいという気持ちになるような新しい挑戦に取り組むのが良いかもしれません。

自分の生活の中にあるストレスへの理解

 自分自身の生活の中にある「ストレス」の性質を理解することも大切です。これには、他の誰とも違う、自分独自の要因が全て含まれます。「ストレス」の状況は、自分の生活を取り巻く、より大きな心理社会的環境と密接に絡み合いながら、動的に変化します。それ故にストレスに対処するための標準的な「ガイドライン」や「マニュアル」が存在しないのでしょう。なぜなら、ストレスの体験や対処の仕方は人其々だからです。今日あなたがストレスを感じることは、10年前にストレスを感じたことと同じではないかもしれません。同様に、今日あなたがストレスと感じることは、あなたの両親や祖父母があなたと同じ年齢だった時にストレスを感じたことと同じではない、或いは、あなたの子供達がストレスを感じることは、あなたが子供の頃にストレスを感じたことと同じではない可能性も充分あり得ます。

「ストレス要因」の性質は、世代、文化、社会経済的地位によって異なります。例えば、あなたの国が戦争の影響を受けている場合、あなたの「ストレス」は、食料、住居、身体的な安全を確保するなど、文字通り、生き残ることに関するものが主だと想定できます。対照的に、あなたが先進国に生を受けて、しかも社会経済的に恵まれている場合、あなたの「ストレス」は、パワハラ上司への対処や、扱いにくい家族への対処などに起因していると想定出来るでしょう。後者のタイプの社会的ストレスは、戦争を生き抜くストレスよりも無害に聞こえるかもしれませんが、生理学的レベルでは、戦争経験と同等のストレス反応を強いられる場合もあります。

 こうした「ストレス反応」は個々に大きく異なり、その人の遺伝的素因、生育環境、性格、対処スタイルに左右されます。人間が抱える最大の苦境の1つとでも言えるのが、即ち、私達の生活をより平和で豊かに、食料、住居、医療へのアクセスなどの基本的なニーズを満たすように社会的進歩が図られてきたとしても、私達は社会においてストレスを感じる理由を常に見つけてしまうのです。しかし、この苦境を通じて、私達は人間としての最大の強み、つまり、新たな環境や困難な状況に適応し、成長していく能力、これは人間性の最も美しい側面の 1 つだと私は思います。患者さんが精神的な苦しみを克服し (少なくとも、それと共に生きることを学び)、かつては夜も眠れなかったような困難にさえ適応し、全般的な回復力をつけていく姿を見るのは、精神科医として一番やりがいを感じる所です。

 さて、精神科治療が必要かどうかは別として、ストレスについて考える時に、次の質問を自分に問いかけてみては如何でしょうか?

 1、ストレス下にあることを示すような身体的及び/又は心理的兆候や症状はありますか?

 2、そのストレスは、成長を助けたり、自分の目標を達成する意欲を維持するために役に立っていますか? それとも、そのストレスはパフォーマンスに逆効果だったり、健康に害を及ぼしたりしていますか?

 3、ストレスが有害だと感じる場合、ストレスのレベルを軽減するためにどのような方法が思い浮かびますか? 転職や有給休暇を増やしてもらうよう交渉するなど、外的ストレス要因に具体的な変化をもたらす選択肢もあります。外的要因がコントロールできないとしたら、例えばマインドフルネスの実践、ジャーナリング、自己啓発本やカウンセリングによる適応的対処スキルの新たな習得など、内面変化からの対処方法も考えてみましょう。

 ストレスに圧倒されて自分では対処できないと感じたり、ストレスが社会生活や職業上の機能に支障をきたし始めていると感じる場合はメンタルヘルスのサポートを求めることを検討する良いタイミングかも知れません。

Hiroe Imai Hu, DO | Board-Certified Psychiatrist

米国精神科専門医 | 胡(今井)啓愛  医師

 兵庫県芦屋市出身。ブラウン大学学部卒業後、トゥーロ大学カリフォルニア校オステオパシー医科大学にて医学教育を修了。ジョージタウン大学病院にて精神科レジデンシーを修了。現在はNational Institute of Mental Healthの精神科臨床研究フェローとして治療抵抗性うつ病の研究に従事。ワシントン広域で幅広く医師免許を有する精神科医で、首都ワシントンDC、ヴァージニア州、メリーランド州、ペンシルベニア州、カリフォルニア州にて一般外来診療と遠隔診療を提供している。現在の臨床においては、幅広い学術的業績と自身の多文化的生育環境を基軸に、生物的、身体的、心理社会的、文化的、精神的な側面から、患者を全人的に理解し、診療することを日々の実践理念としている。

Office of Takashi Matsuki, M.D. (松木隆志医師オフィス)精神科・心療内科

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