
赤坂美幸さん
セーブ・ザ・チルドレン、精神保健・心理社会的支援エキスパート
子どもの権利を保障するために、日本をはじめ世界約110ヵ国で、緊急・人道支援や保健・栄養、教育などの分野で活動を行う非営利の国際組織、セーブ・ザ・チルドレンの活動を5回ほどに分けて紹介していきます。
案内するのはセーブ・ザ・チルドレンのスタッフの皆さん。第1回は精神保健・心理社会的支援エキスパートの赤坂美幸さんが担当します。(編集部)
はじめに
セーブ・ザ・チルドレンは1919年にイギリスのエグランタイン・ジェブによって創設された、民間・非営利の国際組織です。現在、日本を含む30ヵ国の独立したメンバーが連携し、約110ヵ国で子ども支援活動を実施しています。日本では1986年に公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが設立され、行政や地域社会と協力しながら国内外で活動を展開しています。
海外では、保健・栄養や教育分野での支援に加え、自然災害や紛争時の緊急・人道支援を実施しています。国内では、子どもの貧困や虐待の予防、災害時の緊急・復興支援を通じて子どもの権利を守る取り組みを行っています。こうした支援には、「こころのケア」も重要な要素として含まれています。

セーブ・ザ・チルドレンの「こころのケア」とは?
災害などの緊急時に「こころのケア」という言葉を耳にすることがありますが、国際的な人道支援のガイドラインでは「精神保健・心理社会的支援(MHPSS: Mental Health and Psychosocial Support)」と呼ばれています。この支援の目的は、被災者の心理社会的ウェルビーイングを守り、促進し、精神疾患を予防・治療することです(IASC,2007)。
心理社会的ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に健やかな状態を指します。そのため、「こころのケア」は、精神疾患の治療にとどまらず、被災者の生活環境の整備や、子どもにとって必要な遊びや学びの支援など、広範な予防的アプローチを含んでいます。セーブ・ザ・チルドレンは、予防的アプローチに重点を置き、災害支援における支援物資の配布、子ども向けの遊びや学びの支援、保護者向けの支援など、あらゆる支援活動の中に「こころのケア」の支援を組み込めるよう、組織として取り組みを進めています。
活動事例:Child Friendly Spaces
セーブ・ザ・チルドレンをはじめとする子ども支援団体は、避難所や難民キャンプで「子どもの居場所(Child Friendly Spaces: CFS)」を設置し、子どもたちが遊びや活動を通じて日常に近い環境を取り戻せるよう支援しています。アメリカでも、国内の緊急支援活動の一環としてCFSを実施しています。
災害時の子どもの居場所は、子どもが自由に行動でき、感情を表現し、問題解決能力を育む場となるため、こころのケアにおいて重要な役割を果たします。セーブ・ザ・チルドレンでは訓練を受けたスタッフが以下のような工夫を行い、子どもの心理的安定をサポートしています。

2016年の熊本地震の際に設置した「こどもひろば」
▽遊びの選択肢の提供
子どもが自由に遊びを選べることで、災害による無力感を軽減し、自分で状況をコントロールしている感覚を取り戻せるよう支援します。
▽子どもがルール作りに関与
CFSのルールや活動を子ども自身が決めることで、「自分にもできる」という自己効力感を育み、困難に対処する力を強化します。
▽リラクゼーション活動の実施
子どもたちがストレスやリラクゼーションのテクニックについて学ぶことで、ストレスを感じたときに自分で対処できる方法を身につけられるよう支援します。
▽保護者向けのサポート
子どもの安定には保護者の支えが欠かせないため、生活再建に関する情報提供に加えて、セルフケアの方法を学ぶセッションなどを提供し、保護者の心理的負担を軽減するサポートをします。
また、セーブ・ザ・チルドレン・アメリカでは、子どもたちが前向きに困難へ対処できるよう支援する「Journey of Hope」や、アートを通して自然に感情を表現できる「HEART」などのプログラムを開発し、国内外の支援現場で活用しています。
これらの活動は、心理療法ではなく、災害という緊急の状況を経験した子どもたちが示す自然な反応が落ち着くことを目指しています。ただし、専門的な支援が必要な子どもには、早急に適切な専門機関へつなげることができるよう、行政や地域団体と連携しながら支援を行っています。
自然災害や紛争の影響を受けた子どもたちの心身の健全な発達と長期的な回復を支えるために、「こころのケア」活動は見えにくいものですが非常に重要です。そのため、セーブ・ザ・チルドレンは、被災者に必要な物や場所を提供するだけでなく、遊びや活動を通じて子どもたちの「こころのケア」にも取り組んでいます。
出典:Inter-Agency Standing Committee (IASC). (2007). 災害・紛争等緊急時における精神保健・心理社会的支援に関するIASCガイドライン. ジュネーブ: IASC.

プロフィール:
赤坂美幸(あかさか みゆき)
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン 精神保健・心理社会的支援エキスパート。
英国大学院で心理学・神経科学修士課程修了。2012年から、セーブ・ザ・チルドレンのスタッフとして国内外の緊急・人道支援に従事し、ウクライナ危機(2022年)やトルコ・シリア大地震(2023年)でも最前線で人道支援を行う。2014年に「子どものための心理的応急処置」を日本に導入し、多職種と連携した子ども支援や心理社会的支援の推進に尽力している。 資格:保育士、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(米国)